大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)827号 判決

上告人

大野周

右訴訟代理人弁護士

内河恵一

今井重男

被上告人

名古屋市

右代表者

水道事業管理者水道局長 西尾武喜

右訴訟代理人弁護士

鈴木匡

(ほか四名)

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和五四年(ネ)第二〇五号地位確認等請求事件について、同裁判所が昭和五五年五月一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人内河恵一、同今井重男の上告理由第一点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗)

上告代理人内河恵一、同今井重男の上告理由

第一、原判決には以下論述するように、本件水道局職員の労働関係及び採用に関し、法律解釈、適用を誤った違法があり、又は経験則違反若くは理由不備の違法がある。

一、1 原判決は第一審判決と同様な事実関係を認定した上、「控訴人を被控訴人水道局職員として採用する行為が任用行為という新たに公法関係を設定する性質のものである以上、その行為に明確性を要求されることは蓋し当然の事理であるといわざるを得ず、この見地からみるとき、控訴人に対する辞令の交付のないことは控訴人の争わないところであり、控訴人主張の一連の手続も右辞令の交付に準ずる任命権者による控訴人を任用する旨の明確な意思表示と目することは困難である。結局、右意思表示のあったことを認めるに足る証拠はない」と判示する。

2 しかしながら、被上告人は地方公営企業法に基づき、水道局を設け水道局長を管理者として水道事業を経営するものであるが、水道局職員の労働関係については、地方公営企業労働関係法の適用をうけ、一般私企業におけるのとほぼ同様に労働組合法が広く適用され(地方公営企業労働関係法第四条)、労働条件についても、団体交渉、労働協約によって規律されることを予定している(同法第七条ないし第一〇条)。

さらに労働基準法も適用されるのである。

これは地方公営企業の職員の労働関係が、当事者対等、契約の自由の原則に立脚していることを示している。

そして、同職員の採用の場面においても、一般私企業における従業員の採用と同様に、雇用者と被雇用者との間において、意思が合致し、労働契約が成立しさえすれば、それ自体で職員としての地位を取得するのである。

即ち、地方公営企業の職員の採用については、地方公務員法が適用されるものの、地方公営企業管理者による任用行為という公法的形式を通じてなされるだけで、その法的性質はあくまで私法的規律に服する私的な契約関係とみるべきである(同旨、東京地裁昭和四〇年一二月二七日「東京都水道局時間外労働拒否事件」判決)。

3 原判決は、本件水道局職員の労働関係について、地方公務員法が適用されるということから、ただちに同労働関係を公法関係と解しているが、地方公営企業労働関係法の適用をことさら無視した見解と言わざるを得ない。

二、1 又原判決は、「地方公務員の任用行為は……重要な法律行為であるから、辞令書の交付又はこれに準ずる任命権者による任用する旨の明確な意思表示の到達をもってその効力を生ずる」と判示する。

即ち、原判決も、本件水道局職員の採用について、辞令書の交付という要式行為まで要求しているわけではなく、言わば要件を緩和して、これに準ずる任命権者による明確な意思表示の到達で足りるとしている。

2 本件水道局職員の募集公告以降の上告人、被上告人間の経緯は別紙〈1〉、〈2〉のとおりであるが、募集公告以降昭和五一年四月一日までの経緯を仔細に検討した上で、原判決のように、一連の手続も、辞令の交付に準ずる任命権者による、任用する旨の明確な意思表示と目することが困難であると判断するならば、被上告人より上告人に到達する明確な意思表示とは、結局同年四月一日における辞令書の交付にしか求めることができないことは明白である。

3 そもそも上告人は、水道局の昭和五一年度の予算が削減されるという事態が生じなければ、誓約書、身上申立書等必要書類を提出した六日後である同年四月一日に採用されていたはずであり、採用されるだけの水道局職員としての適格性を有していた人物なのである。

鈴木憲証人自身も三月三一日の時点で、上告人に水道局職員としての適格性があったことは認めている(原審調書一八丁)。

又被上告人において、水道局職員募集に際し、採用試験に合格し、かつ誓約書等必要書類を提出した者で、採用されなかった例は、自発的に辞退した者を除いて、存在しないのである。

4 水道局職員採用にあたって、被上告人は採用試験の合格通知発信後、水道局担当係長の権限で当初から(本件では四月一日)採用する合格者を抽出し、その者だけに当初からの勤務が可能であるか確認し、その結果誓約書等必要書類を提出させ、右提出の際、辞令書の交付及び配属業務所を指定する日を告げ、その日に水道局へ出頭するよう指示をし、同日出頭した者に対し、辞令書の交付及び配属業務所の指定をしているのであり、以上の経過が、原則として慣行となっていたのである。

鈴木証人は、水道局が必要書類を受領した後、改めて採否について電話で連絡をしているかのような証言をしているが、明らかに虚偽の証言である。

そもそも、水道局職員の採否という重要な回答を口頭で伝えること自体奇異であり、右証言は後述の石井光男証人の上告人に対する連絡方法の問題に関するつじつまを合せているに過ぎない。

加えて、必要書類受領後に水道局において採否を決めるならば、合格者全員から必要書類を提出させるべきであるのに、合格者の中から鈴木係長がその権限で抽出した七名にしか必要書類を提出させていないこと、又水道局の石井光男は上告人が必要書類を提出した際、四月一日に出頭し、辞令書の交付及び配属業務所の指定をうけるよう、上告人に指示していることからも、右鈴木証言は信憑性を有しない。

石井はさかんに提出書類に電話番号の記載がなく、採否についての連絡方法がないことから、右のように指示した旨証言しているが、電話という方法でなくても、葉書、手紙によっても連絡はできるのであり(現に甲第五号証の「当初より採用できない」旨の通知は書面を郵送することによってなしている)、鈴木証言と相俟って、上告人に右のように指示したことは、連絡方法がないための例外的行動であるかのごとき印象をことさら強調しているに過ぎない。

5 客観的に判断しても、上告人が鈴木係長の権限により合格者の中から抽出されてからは、採用のレールに乗っていたことは明らかである。

又石井自身も当然四月一日に辞令書の交付及び配属業務所の指定がなされるはずであると考え、上告人に対し、前述のような指示をしたのである。

石井は水道局において、労務職の採用関係の仕事に従事している者であり、水道局において計量業務職の採用についても精通していたはずである。

石井は自己の経験及び従来からの水道局職員採用の実態に基いて当然のごとく、前述のような指示をなしたのである。

水道局の係員は、必要書類を提出した他の合格者に対しても、上告人と同様四月一日に出頭するよう指示していると考えるのが常識的であり、係長という地位にある鈴木証人が、水道局の係員が上告人を含めた必要書類提出者にどのような指示をしていたか知らないわけがない。

鈴木証人は石井の指示が本件に限った、しかも例外的なもので、石井が上司の指示に反し、独断でなしたかのごとき感を強調し、あたかも石井一人に右指示に関する責任を転嫁せんとしているのである。

石井は、前述のように、その経験と従来からの実態から判断し、当然の指示をしたに過ぎないのである。

結局、前述したような採用に至るまでの経過が、水道局職員採用における実態であり、かつ慣行となっていたのである。

6 従って、原則として採用試験合格者が必要書類を提出した後、改めて被上告人から採否について連絡、通知をうけている事実はなく、必要書類提出後は、結局採用に関する被上告人の意思は、辞令書の交付によってしか表明されないことになる。

右のような実態からすれば、原判決のように地方公務員の任用行為は「辞令書の交付又はこれに準ずる明確な意思表示をもって効力が生ずる」と立論すると、結局のところ辞令書の交付にしか明確な意思表示は求められないことになり、又、辞令書の交付をうけなければ水道局職員としての地位が取得できないことになり、辞令書の交付という要式行為を要求するのと同じ結論に到達する。

三、1 ひるがえって、右立論自体を検討すると、使用者が労働者と労働契約を結ぶ行為、即ち使用者が労働者を採用する行為は、いかなる企業においても重要な法律行為であることは論を俟たないところであり、何にも本件水道局職員等地方公務員の採用に限ったことではない。

原判決は本件水道局職員の労働関係について、公法関係であると解するとともに、地方公務員の任用行為が重要な法律行為であることを前提として、地方公務員の任用行為には辞令書の交付又はこれに準ずる任用する旨の明確な意思表示を要する旨の論理を展開しているが、当該企業の労働関係が公法関係であろうと私法関係であろうと、又当該企業が地方公営企業であろうと私企業であろうと労働者を採用する際、明確な意思表示を要することはむしろ当然であり、両者の採用に関し、区別して考える理由は見当らない。

原判決のように、本件水道局職員に関する労働関係の法的性質から、論理的、必然的に同職員の採用につき、明確な意思表示を要するという結論が導き出せるものではない。この点において、原判決の右論理は著しく飛躍しており、独断的なものと言わざるを得ない。

2 畢竟、労働契約の成立という法律効果の発生の問題であるから、法律効果を発生させるためには、明確な意思表示が必要なことは言うまでもあるまい。

法律効果の発生という観点からは、いわゆる「黙示の意思表示」も結局は明確な意思表示が存したことになるのである。

さらに、諸々の事実関係を踏まえて、そこから推認される「採用する」旨の意思表示も同様に明確な意思表示なのである。

3 又、「採用する」旨の意思表示には形式或いは要式は問題とはならない。

原判決は「辞令書の交付又はこれに準ずる……明確な意思表示を要する」旨判示するが、「辞令書の交付」は意思表示の形式の問題に過ぎず、右「辞令書の交付」と「これに準ずる明確な意思表示」とは、論理的に結びつくものではない。

右判示には「採用する」旨の意思表示に一定の形式を要するかのごとき思考が混同されていると言わざるを得ない。

4 問題は「採用する」旨の明確な意思表示とは何か、何によって右意思表示がなされたと認められると判断すべきかということであり、事実経過において、右意思表示の形式を問題にすることなく、右意思表示がなされたと認められるか否か判断すべきなのである。

端的に言えば、明確な意思表示は何にも辞令書の交付等書面によらなくてもなされ得るのである。

要は、本件水道局職員の労働関係の法的性質を前提として、論理を組み立て、そこから本件の事実関係を評価するのではなく、本件の事実関係に即して「採用する」旨の明確な意思表示がなされたと認められるか否か、或いは上告人と被上告人との間に労働契約を成立させる意思の合致があったと認められるかを判断すべきである。

5 その際、「採用」問題は、上告人と同じ採用される側からみれば、当然とは言え、水道局であろうが、民間企業であろうが、正に「就職」という死活問題である。

被上告人の利益、立場のみを重視することなく、上告人が一連の経過、手続の中で一歩一歩大きく抱いてきた期待感等上告人の意思、立場も十分尊重されるべきである。

「公法関係」という枠を設定し、その中でのみ事実を評価するという形式的な態度でなく、事実関係に即して、実質的に判断するべきである。

この意味で、原判決には、そもそも発想において誤りが存する。

後述五のように、本件の事実経過からして、被上告人において上告人を「採用する」旨の明確な意思表示、或いは両者間に労働契約を成立させる意思の合致は十分認められ、原判決の判断は誤りである。

四、1 本件水道局職員採用試験は、高卒、大卒予定者を対象としたいわゆる定期採用と異なり、必要に応じ実施される、いわゆる随時採用であり――同一年度に二度実施されることもある――かつ、採用試験実施日、特に採用試験の合格通知発信時と勤務開始日との間隔が極めて短い(約二週間)ことを特色としている。

又口頭試問の際、水道局側から鈴木人事係長外一名が試験官として立会い、「犬がいた場合、どうやって検針するのか。お客さんから抗議の電話がかかってきた場合、どう対処するのか」等、現実に計量業務に従事した場合に直面するであろう具体的な問題について発問しているのである。

さらに水道局計量業務職員は一般行政職の職員と異なり、いわゆる現場関係の職員であり、それ故右のごとく、採用試験に水道局側も関与し、発問をしているのである。

2 本件採用試験は、地方公務員法第一七条、一八条に規定する職員の任命方法である「競争試験」及び「選考」のうち、「選考」に該当する。

「競争試験」は受験者が有する職務遂行能力を相対的に判定することを目的とし、受験者は互いに競争の関係におかれ、又試験の合格も試験の結果に基いてその順位が定められ、具体的な採用に関して、なお互いに競争の関係におかれている。

これに対して「選考」は競争試験以外の能力の実証に基づく試験であって、選考される者の当該官職の職務遂行の能力の有無を選考の基準に適合しているかどうかに基いて、判定するものである。

「競争試験」と異なり、「選考」においては、選考される者が、選考の基準に適合しているかどうか、判定されるだけであるから、その結果に基いて選考された者の順位を定めるなどの必要がないのである。

又「競争試験」により職員を任用する場合には、試験ごとに任用候補者名簿を作成しなければならない(同法第二一条)が、「選考」に関しては、右任用候補者名簿の作成は義務づけられていない。

3 即ち、「選考」は、当該職員としての能力を有しているか、或いは職員として適格性を有しているかの判定を目的とするものなのである。

であるからこそ、本件採用試験の口頭試問の際、前述のような質問が水道局側から、発せられているのである。

又本件採用試験の順位等について、人事委員会から水道局へ通知がないことは、「選考」の場合には、採用試験の成績順に採用が義務づけられたり(同法第二一条第三項)、成績順に具体的な職種或いは業務が決定されるわけでないため、むしろ当然なのである。

4 結局、前述した「選考」の目的からして、上告人が本件採用試験に合格したことにより、上告人が水道局職員としての能力、或いは適格性を有していることが他の合格者とともに証明されたことに他ならない。

そして、鈴木証人は合格者一三名のうちから、上司の決済を経ることなく、係長の権限で四月一日付で採用する七名を抽出したのである。

右のように係長の権限で七名を抽出できたのも、そもそも本件採用試験が「選考」であるからである。

五、1 上告人は、前述したような本件採用試験の特色等に鑑み、第一次的に本件採用試験の合格通知発信時に、上告人、被上告人間に労働契約が成立した、言い換えれば、被上告人において、上告人を採用する旨の明確な意思表示がなされたと判断すべきと主張する。

(被上告人の本件水道局職員募集が、労働契約の申込の誘因であり、上告人がこれに応募し、本件採用試験に受験したことが労働契約の申込であり、さらに被上告人が合格通知を発したことが右申込に対する承諾である)

2 仮りに右合格通知の発信だけでは、上告人を採用する旨の明確な意思表示がなされたと認めることはできないとしても、その後被上告人において合格者一三名の中から七名を選び出し、その中に上告人を含めたこと、そして、三月二二日上告人に対し、「昭和五一年四月一日から当局に勤務ができるかどうか」、「水道局職員(計量職)の採用について」と題する書面(甲第四号証)を発信したことにより、被上告人において、上告人を採用する旨の明確な意思表示がなされたと評価すべきである。

右のように被上告人において、合格者の中から、上告人を含め七名を選び出し、上告人に右書面を発信したことは、合格通知の発信と比較すると、法的な意味が異なることは明らかである。

3 原判決は、右書面はその記載内容に即して見れば、四月一日からの就労が可能かどうか照会した連絡文書に過ぎない旨判示する。

しかしながら、右判示は、合格者の中から上告人を選び出した意義を等閑に付し、右書面を過少評価している。

又、原判決は右書面に伴う経過について右書面によって、上告人の就労の意思を改めて確認し、上告人はその後就労の意思を有している旨返答したと判示するが、右書面は「……勤務できるかどうか」と記載されている書面であり、四月一日から勤務することについて、客観的な障害(例えば、健康状態、前勤務先との支障の有無等)を確認しているものであり、「就労の意思」なる合格者の主観的な意思を確認しているものではない。

合格者が原則として就労の意思を有していることは当然であり、右書面を就労の意思を改めて確認する書面であると解すること自体、そもそも不可解である。

原判決は、前述のように「勤務が可能かどうか」確認している書面を「就労の意思」を確認している書面にすりかえて独断的に判示している。

なお、上告人、被上告人双方の準備書面を精読しても右書面を「就労の意思」を確認しているものと把えて、主張を展開していないことは、明らかである。

4 仮りに百歩譲って、右書面の発信だけでは、未だ被上告人において、上告人を採用する旨の明確な意思表示がなされたと認めることはできないとしても、既に述べたような、本件採用試験の特色等、水道局職員の採用に関する実態、慣行(特に必要書類を提出した後は、採用について格別被上告人より連絡、通知を受けることなく、当該勤務開始日―本件では四月一日―に水道局に出頭し、辞令書の交付及び配属業務所の指定をうけている事実)からして、三月二六日、被上告人が「わたくしは昭和五一年四月一日から貴局へ就職することを誓約します」と記載された誓約書(乙第三号証の二)等必要書類を受領した上で、上告人に対し、四月一日に出頭し、辞令書の交付及び配属業務所の指定をうけるよう指示したことにより、被上告人において、上告人を採用する旨の明確な意思表示がなされたと言える(水道局職員、石井光男の指示は、即ち水道局の指示であることは、ことさら強調するまでもない)

5 なお「採用内定」に関する判例のうち、「内定通知」の発信もない事例で、面接の際、使用者が労働条件を告知し、就労予定日の合意ができた時点において労働契約の成立を認めたものとして、「一ノ瀬病院事件」、広島地裁昭和四九年一一月一三日判決(労働判例二一七号、六四頁)がある。

本件においても、右判例の趣旨は十分参考にされるべきである。

以上、要するに、本件事実経過を前提として、被上告人において上告人を採用する旨の明確な意思表示がなされたこと、或いは、上告人と被上告人間において労働契約が成立していることを認定しない原判決の判断には、本件水道局職員の労働関係、採用、労働契約の成立に関し、法律の解釈、適用を誤った違法があり、又は経験則違反若くは理由不備の違法がある。

従って、原判決は速やかに破棄されるべきである。

第二、原判決は、最高裁昭和五二年(オ)第九四号、最高裁昭和五四年七月二〇日判決(「大日本印刷事件」)と相反する判断をしており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があり、破棄は免れ得ない。

一、右最高裁判決は、大学の新規卒業者を採用するについてのいわゆる採用内定の法的性質等を論じたものであるが、

〈1〉 採用内定の法的性質を判断するにあたっては、当該企業年度における採用内定の事実関係に即して、検討する必要がある。

〈2〉 本件事実関係のもとにおいては、上告人の応募が労働契約の申込みであり、これに対する上告人からの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であって、被上告人の本件誓約書の提出とあいまって、これにより、被上告人と上告人との間に、被上告人の就労の始期を昭和四四年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の五項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解する。

〈3〉 採用内定期間中の留保解約権の行使も試用期間中の留保解約権の行使と同様な制約をうけるとの見解を前提にして、採用内定の取消しは、留保解約権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できる場合に限ってこれを行なうことができる。

〈4〉 被上告人において、上告人がグルーミーな印象を与える人物であることを承知しつつ採用を内定しながら、後にそのことを理由として、内定を取り消すのは、社会通念上不相当であり、解約権の濫用である。

旨判示している。

二、本件は、右最高裁判決の事例とは異なり「採用内定」がそもそも問題とならない、採用形態のものであるが、原判決は前述のように、本件水道局職員の労働関係について、「公法関係」という枠をあらかじめ設定して、事実関係を検討しており、右最高裁判決のように事実関係から出発して労働契約成立の有無、被上告人における上告人を採用する旨の明確な意思表示の有無を検討していない。

三、本件において、上告人が採用されなかった理由について、鈴木証人は、しばしば高校時代の成績、出席日数、転勤の回数等水道局の内規なるものに照らして、他の合格者より劣っていたためである旨証言しているが、右事情が上告人を採用しなかった合理的理由になり得ないことは明らかであろう。

鈴木証人自身も、三月三一日の時点で、上告人に水道局職員としての適格性があったことを認めているのである。

本件において、被上告人は、昭和五一年四月一日以降、上告人を採用していないのであるから、被上告人は事実上、四月一日から上告人を転勤させる旨の意思表示を「取消」したことになる。(同年六月一日の二名、七月一日の四名の「採用者」の中に上告人が含まれなかったこと、又八月五日新たな職員募集を行なったことにより、右意思表示の「取消」は確定的となったと言える)

右「取消」に最高裁判決が述べる「客観的に合理的な理由」が存するか検討すると、既に述べたとおり、上告人において水道局職員としての適格性を有している以上、何ら右「取消」について、「客観的に合理的な理由」が存しないことは明らかである。

四、原判決は、右最高裁判例は「事実を異にし本件に適用するに由ないものというべきである」と判示するのみで、何ら具体的理由を示していない。

原判決は、右最高裁判例における法の解釈の精神、及び論旨を無視していると言わざるを得ない。

以上

別紙 〈1〉

51・2・5 職員募集公告

2・21 筆記試験

2・26 筆記試験合格通知発信(甲第二号証)

2・27 右通知到達

3・4 口頭試問

3・5 身体検査

3・18 採用試験合格通知発信(甲第三号証)

3・19 右通知到達

3・22 「水道局職員(計量職)の採用について」と題する書面(51・4・1から勤務が可能か否か)発信(甲第四号証)

3・23 右書面到達

同日 上告人……4・1より勤務が可能な旨連絡

同日 提出書類用紙等交付、受領

同日 名古屋市議会51年度予算案修正可決

3・26 身上申立書、誓約書等提出水道局石井光男これを受領石井より4・1に出頭し、辞令の交付、配属業務所の指定をうけるように指示される

3・29 水道局予算削減による定員削減に関する会議を初めて開く

同日 「当初より採用できない」旨の通知発信(甲第五号証)

別紙 〈2〉

51・3・30 右通知到達

上告人右通知書の受領を拒否する旨連絡

3・31 右通知書の返却、異議の申立

同日 被上告人……陳謝

4・1 上告人……総務課に出頭、辞令の交付及び配属業務所の指定うけられず

三名「採用」

同日~4・2 上告人……水道局鈴木係長ら関係者との間で事情説明の話し合い

4・5 被上告人……大場弁護士に一任した旨伝える

4・14 中日新聞の報道(甲第七号証)

5・17 大場弁護士より水道局の会議により上告人を「採用」しない旨決めたと知らされる

5・23 鈴木博総務課長、小山英志に対し、右と同旨のこと及び「上告人はおとなしくしていれば『採用』されたかも知れない」と伝える

6・1 二名「採用」

7・1 四名「採用」

8・5 新たに職員募集

10~ 右の採用試験実施

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